1. お祈りについて

お祈りについて

園長コラム

 はやいもので、1学期の最終月になりました。子ども達は入園・進級と新しい環境のなかで友達と交わり楽しみを見つけ、クラスに慣れ親しんできました。

 特に、年少クラスは、園生活を丁寧に繰り返してきました。室内遊び・片付け・朝の集まり・戸外遊び・素話・昼食・・・同じ手順で行われていく1日に年少児は見通しをもって自分から動けるようになっています。きっと、ご家庭でも、園生活を伺えるような姿を目にしていることでしょう。

 

 食前のお祈りを口ずさんでいる子どもがいるかもしれませんね。嶺町幼稚園では朝の集まりの際にも「幼児の祈り」を唱えています。これらは、R.シュタイナーが、幼児の意識に配慮してつくったものです。当園は宗教を説いていませんから、お祈りにでてくる「神様」は特定の「神」ではなく、私達は、自然から感じるような聖なる大きな存在をイメージして静かに唱えます。そのことを子どもに説明しません。なぜなら、乳幼児はその存在にとても近いところで生きているからです。水や砂に触れ、虫を追いかける無心な姿は何かに対話しているかのようにも見えます。お祈りは、子どもの無意識の世界を言語化しているようでもあります。子ども達はお祈りの文章を理解できなくても、「言霊」と言われるようにことばの響きを通して、畏敬の心や感謝の気持ちが育まれていきます。そしてその感性は 将来、安心感や価値観となって人生を支えていきます。

 

 子どもは成長とともに、現実的な世界に近づいていきます。「成長」をとても簡単に言ってしまえば、「個」として充実し自立し、社会生活をおくれるようになることです。自立には「孤独」が生じます。その孤独に上手に向き合えるのが大人だと私は思うのですが、最近、「孤独」が苦手なゆえに自信がもてずにいたり何かに依存する傾向が多く見られます。先が見えない人生を歩んでいく私達に必要なのは目に見えるものばかりではありません。大きなものに生かされている=守られているといった感覚は、深い安らぎをもたらしてくれます。

 幼児期はゆるぎのないものに包まれて大きくなっていってほしいと願います。

それは、「どんな自分でも愛してくれるご両親の愛情」であり、季節の祝祭や昔話にちりばめられている真善美の世界、お日様の光とともに目が覚め眠るリズムでもあります。      

 

「幼児の祈り」の最後のことばは

「・・・・・だから何もこわいものはありません。

わたしのまわりには愛だけがあるのです。」

子ども達が大好きなフレーズです。

園長  手 塚  映 子

2017年6月27日

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